心と体

HIGH PRESSURE

 体調は戻りつつあるが、今日も休みにしてしまった。昨日ドクターに言われたのだが、これ飲んだら眠くて仕事にならないよ、という薬の副作用で、午前中はずっと横にならざるを得なかった。朝一で、今日の仕事の代役をお願いして、先方にも侘びの電話を入れて、安心したのもある。

 にしても、午後1時までベッドの上にいるというのは、これまでの普通の休みでは考えられないことだった。それくらい疲れていたというのもあるんだと思う。この半年、休日出勤をしてはその代休も満足にとれずにいたし、日々いろいろなストレスがかかっていたから。もちろん、もっと忙しくしている人は身近にさえたくさんいるし、これくらいで倒れるなんてあまえるんじゃね~よ、という厳しい声もする。自分でも思う。でも、やっぱり。

 ストレス耐性が弱いのは確かだと、自分でも思う。いや、自分で思う。それでも、気の持ち方だと励ましてくれる人もいるからがんばってきたと思う。でも、がんばりきれないとこうやって体が反応してくるんだとわかった。もう少し、ストレスを何とかしないといけない。どうしたら何とかなるのかはわからない。ストレスに強くなるにはどうしたらいいのかもわからない。ストレスに弱くても、体に出てこないならそれでも良かったのだが。また堂々巡りが始まった。

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サイレンの少年

 今朝、4時ごろ、気分が悪くて目が覚めた。寝返りをうつと頭がぐるんぐるんして、気持ちが悪い。「なんだろう」と思った。もう一回寝返ると、本当に気分が悪い。「どんなったんだろう」と思った。寝てしまおうと思ったが、寝られない。起きてみようと頭を起こすと、もう頭のなかがグラグラして平衡感覚がなくなっている。

 前兆はあった。もともと耳鳴りが特に寝不足のときに起こるのだが、それも一日ちゃんと寝れば解消されてきた。ところがここ3日くらいずっと続いていたため、さすがに心配になって耳鼻科に行ってみた。聴力検査のほかにはたいした検査もされず、3種類の薬を出されたのが、月曜日。薬はメニエール病に効くものだった。でも薬の効果は感じていなかった。

 10分たっても、グラグラが治まる気配はなく、さすがに自分でももうこれはやばい、と思った。こんなときに一人暮らしはつらい。実家の母もたまたま入院中で昨日見舞いに行ったばかりだ。藤沢に住む兄貴に電話して、この症状を調べてもらおうと思った。電話は留守電。そりゃ朝の4時台。寝てるのが当然。電話だってマナーモードにする。自分もそうだから。でも、たまたま母が入院していたこともあって、兄貴は電話に気がついてくれてコールバックしてくれた。そのころはもう気持ち悪いし、どうしようもなくなっていた自分は、話しをする声も息もあがっていたと思う。「救急車を呼べ」といわれ、もうそれしかないと思った。

 救急車、呼んだはいいが、玄関は鍵をかけている、エントランスはオートロックだ。とても玄関まで行ける気がしない。たかだか5メートルでも。119番の人は「がんばって鍵を開けてください」とのこと。そりゃそうだ。でも、このまま入院になったら、財布、携帯位は持っていけるけど、着替えとかどうしたらいいんだろう、そんなことを考えた。でも、救急車のサイレンの音がして、鍵を開けることが先決になった。起き上がると、よりひどいめまいになった。でも勢いで行かないとたどり着けない。たかだか5メートル。たどり着いた。鍵は開けた。でも、強烈な気分の悪さとともに、吐き気が襲ってきた。このときが一番きつかった。玄関の近くにトイレがあって良かった。トイレにいる間に救急の人が3人来てくれた。

 いろいろ聞かれたあと、「ストレッチャーは外の廊下なので、そこまでいけますか」とのこと。このときもきつかった。はって乗り込んだが、また吐き気。そこから救急車に乗り込み、たまたま近くの総合病院に。車の中もきつかったが安心感もあって、少し落ち着いてきた。

 病院では、当直の医師に同じ事を聞かれ、点滴をうってもらった。そのあと、安静にしているうちにだいぶ落ちついてきた。もしかして、入院化かな?と思ったが、耳鼻科にかかっていることを話すと、脳の関係ではないだろうとのことで帰ってもいいということになった。本当はきちんと治るのなら治してほしいと思ったが、救急では限界なのだろう。それに重篤な状況ではないのだから、しょうがない。とぼとぼ寝起きの格好でバス停に向かった。兄貴や朝電話をかけてしまった人に心配をかけ他詫びの電話を入れ、それが朝の7時半くらい。

 一日休みを取った。耳鳴りはまだ続いている。メニエール病なのだろうか。きちんと見てもらおうと思う。

 これまで入院はしたことがあるけれど、こんなふうに緊急性のある状況は初めてだった。今日くらい、自分が健康でありたいと思った日はなかった。

 ご心配をおかけしてすみませんでした。Images

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枕詞

 昨日、枕の特集をTV番組でやると知っていたが、帰りが遅くて見損なってしまった。頭痛の原因が何かよくわからないけど、肩こりとか腰痛とか血行が悪くなることとか、頭痛と関係があるんじゃないかって。体に不調がない状況が幸せだということは、普段は気がつかないけれど、不調になってみるとありがたみがわかる。頭痛は少しずつ治まってきたけど、それにしてもこんなに長くというのは、社会に出てから初めてだと思う。よくわからないままに、枕を二つ重ねて少し高くして寝てみたけれど、特別な朝にはならなかった。

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頭痛

 普段から頭の痛いことばかりなのに、本当の頭痛が続いている。風邪がすっきり抜けていないものとばかり思っていたけど、いくらなんでももう一ヶ月以上経つ。右の目の上あたりが、昼頃から夕方にかけて痛み出す。

 これは、以前頭痛持ちだった頃の痛みと一緒。季節の変わり目辺りで、片側だけの目の上が痛くなって、昔は沸いたやかんのうえに頭を持っていき、温めていた。こうすると決行が良くなるんじゃないかなんて考えて。そんなだから、特に治療をしたことはなくて、原因もわからない。頭痛薬を飲めば治まるけど、薬の乱用は頭痛に繋がるらしく、おとなしくしているしかない。

 でも、今回は長すぎるので医者に行ったが、出してくれる薬は風邪の時の続きの薬とアレルギーの薬。丁度花粉症の気配もするからいいけど。そんなんで治るのかな。偏頭痛のように劇的に襲って来るのも怖いけど、いつも痛いというのも嫌なものだ。

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これ捨て

 6月の健康診断の結果が返ってきた。昨年はハワイに出かけた直後ということもあって、なんと血糖値で引っ掛かり、二次健診になった(もちろん、二次健診では正常値)。当時食後は76キロを越える状況で、人生史上最高記録となっていた。それでも、もともと痩せているから太ること、というかガッチリしたい、という気持ちは前からあって、体重を増やす要素が筋肉であれば良いんじゃないか、って当時思っていた。が、40を過ぎて体重を増やすということはそれなりのリスクがあることに気付かされてしまったのが、血糖値だった。

 その後は少しずつ食べる量や内容を考えて、その頃からは5キロの減量に成功していた。年末からのノロウイルスによる絶食状態が大きかったというのはあるんだけど。

 で、当然、健康診断の結果もそれなりに今回は少し期待していた、というか楽しみにしていた。ところが

二次健診。総コレステロール「251」。

 これって生まれたところの郵便番号だ、なんて気付く余裕もなく、ガッカリ。ほんとにガッカリ。でも、まあ、もちろん、思い当たることはたくさんあるし、相変わらず甘いものは好きだし、コーヒーにホワイトは入れるし、取り組みが中途半端だったことは否めない。

 ってことで今日はゲッティー。ただし、コンニャクで出来ていて肉抜き。タマネギとピーマンで炒めて。アルデンテとは無縁だがなかなかイケる。普段は粗食して、時々美味しいもの食べればいいや。続くかな。Image403

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考え方

 昨日も仕事で思うとおりにならないことがあった。その際たるものは、予定がどんどん遅れているのに、危機感を持たない人。すべて僕に聞いてきたうえで、期限も決まっているのに。間に合わなくなると「どうしましょうか?」。「やってもらえますか?」。本音は「あれだけ言ったのにどうして」なんだけど、そこはぐっと我慢。

 でも、結局言われたからやっているだけという状態では、そこに目的意識とか使命感とか持てるはずもない。そういう動機付けが本来の自分の役目なんだとは思う。思ってる。ホントか?思ってるのか?・・・そういう自分に目的意識があるのかって考えると、そういうものが薄い自分が何を言っても、伝わらないのかもしれない。

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記憶

 ついこの前まで、別世界のような場所にいたのに、帰ってきた途端に現実に引き戻されて、別世界に居たことに浸ることがなかなかできずにいる。もともとが感動するとか、感情の抑揚がない。無表情とか言われるし。だから、そういう気持ちさえ波立たせるような興奮が現実にあれば、もっと記憶として残っているのではないかと思う。かといって、現実がつまらなかったとかそういうことではなくて、時間をかけて別世界には行ったけれど、そこで過ごした時間や空間は、その場所での日常だったから。

 特別な場所で、日常を過ごした、ということか。

 現実には、言葉ほどそんなにかっこいいものじゃないけどね。Image344

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持久力

 中学生の頃、バレー部に入っていた。ワールドカップ77が小学生の頃に流行り、中学生になったら絶対バレーをやると決めていた。ところが、もともと体育会系(というか小学生だから体育大好き系?体育ではしゃぐ系?運動会の主役系?)ではなかった自分にとっては、かなりつらかったのが、走らされることだった。ミスが多いからとか、負け方がひどいから、とかいろんな理由をつけられて、校庭5週が定番だった。最終的には走りきるけど、走りながら途中で「この野球ネットの鉄柱に足引っ掛けて転べば、あとは休める」、「でも、それは次の一周してからにしよう」みたいな堂々巡りをずっとしていた、気がする。 

 部活を卒業してから、そういう強制がなくなったことが何より嬉しかったのと、高校へ行ったらもうそういうことは少なくとも自らはしないって決意していた。なんか「バレーしたい」っていう気持ちよりも「苦しみたくない」って気持ちが強くなっちゃったわけ。

 大人になってからもしばらくはそういう気持ちはかなり強かった。でも、大人もいい年になってくると、逆に自ら苦しまないとまずいことになる、ということが少しずつわかってくる。しかもそれは本来気付いた方がいいときよりも少し遅く気付く。気付かないフリをしている時間があるからかも。

 今日も、自転車での遠出で、やっぱり体力がない、というか、持久力がない、というか、肺活量が少ない、そういうことを実感することはとても多くて、やっぱり何のためにジムに行ってるんだろうという気になる。見た目のために行っているから、こういうときには何の効果ももたらさないんだ、という気持ちにもなる。

 ただ、5月のこんないい天気の日に花粉の影響もなく、新緑の鮮やかさを感じられたことは、それだけでいい気分になるものだ。前から好きな色は「緑」だけど、ますますその気持ちは確かになった。

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ヒューヒュー

 いつもの日曜日のようにジムに行くことにしたが、風邪の残りなのか、気管支あたり(?確かではない)で、何かが引っ掛かっている感じ。音がするとすればヒューヒューという感じかな。それがひどくなると喘息になるのだろうかと、またまたネガティブに考えてしまった。

 4月はジムも人出が多くて、割と大きなジムなんだけど、今日はスタジオに入る順番待ちもいままでで一番後方になった。結構、自分のポジションって自分の中で決めているところがあって、例えばエアコンの吹き出し口に近くて(汗かきなので)、鏡の前にも近くて(他の人のを見るとつられてしまう)、できればイントラの左側、とか。そこを他の人に取られる確率が高いのは、この季節。今日は大丈夫だったけど。

 それにしても、時々、これってなんのためにやるのかな、とも思う。マッチョになるほどのウエイトトレーニングはしていないし、一生踊るのが私の青春ってほどダンスはうまく踊れないし。ストレス解消、しているかというとストレスが溜まることもある。ただ、やめる勇気がないだけ?やめたらその辺にいるおじさんと一緒?でも、その辺のおじさんだって中身はいろいろ持っているかもしれないし。そもそも、中身だって外見だって、人と比べたってしょうがないのに。

 そっか、結局は自分のためにやるしかないんだろう。こんな結論か・・・

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